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女房が病気(脳腫瘍とその後遺症)で入院。治る見込みなしの診断で、彼女を栃木県の実家の人々に託し、長男(当時小2)長女(幼稚園年少)を連れて小諸へ引きあげてきたのは平成14年10月。 小林重太郎という不器用な男に突然訪れた“シングルファーザー生活”の始まりです。 |
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その頃前後して女房の実家の建設会社が倒産。父親は割腹自殺し、兄が行方不明に・・・。この荒波の中、私の判断の甘さもあり、平成14年は子どもたちを1年間で4回転校させることとなってしまいました。2人はまだ小さかったこともあり、各校、園ではすぐに友達ができ溶け込めたようです。でも心理の深いところは・・・。 |
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女房の実家の倒産、病気と続いた当時、子どもたちは1ヶ月単位でそれも何度も学校へ行けない状況がありました。(債権者の目がある、介護のためなど)目の前に友達が通っていく姿が見えていても自分の子どもは学校へ送り出せない・・・とてもつらい気持ちでした。 |
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当時長女のオムツはまだとれていませんでしたが、これはどうにでもなる。洗濯はスイッチを入れればよく、そうじも細かいことを気にしなければ楽々・・・。一番こまったのは幼稚園の弁当。ダメ男の常套手段として、コンビニ弁当の詰め替えでごまかしました。 |
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長男も長女も基本的には体は丈夫です。ただ2人とも扁桃腺が大きいのでノドを痛めやすい等があり、特に長男は“滲出性中耳炎”でした。(これは緊急性はありませんが毎日のように耳鼻科の治療を受けることにより治るものです。)私は平成15年春から毎日のように「由井耳鼻科」へ連れて行き、1年余りで治しました。 |
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子どもたちに母親がいないというみじめな思いをさせたくない。そんな想いから小学校(美南ガ丘→坂の上)、幼稚園(みすず)の参観日などには無理をしてでも必ず出かけていきました。 |
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おかあさんたちのネットワークには私のような女性が苦手のお父さんはとてもとても入れません。お母さんネットワークを通じて子ども同士も仲良くなれるし情報も入ってくる。ネットワークに入れないお父さんにはやはり疎外感・不安感はあります。 |
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長男が小5の時、担任の先生から“○○君は同級生の女子からくさいといわれている”と注意を受けました。(先生はもちろん善意で心配して伝えてくれたのです。)“母親がいないから”といった目で他の人から見られないように、長女は小さいけれど女の子だから下着はもちろん服も必ず毎日とりかえるように意識していました。でも長男は男なので油断していたのです。ものすごくくやし〜い想いでした。 |
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何年かシングルファーザーを続けていて気づいたことがあります。それは『母親がわりができるのは父親のみ』ということです。もちろん、おばあさんおじいさんにも一杯面倒は見てもらっています。でも、精神面まで考慮に入れると、母親がわりが本当にできるのは父親のみなのです。 |
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上記の文章を書いてから2年半がたちました。このページの更新を怠っていました。すみません。 平成22年 7月 記 |

幼稚園の参観日

幼稚園遠足
おかあさん達に混ざって

子どもみこし

地域のそば打ち教室にて

佐川急便

子どもみこし

佐川急便

PTA廃品回収

佐川急便

六供ソフトボールチーム

ヤキトリは得意!
田町ニコニコフェスティバル

こもろっ子事業

“キッズ愛”の食育教室

子どもみこし

子どもみこし

子どもみこし

夏期児童大会

芦原中バレーボール部

坂の上小わんぱくタンポポ杯
20年度実行委員長

六供ソフトボール部

坂の上小PTA環境整備

水明小校庭芝生化作業

春の高校野球東信大会
北佐久農業 - 小諸商業

春のわんぱくタンポポ杯(ソフトボール)六供 - 東雲

坂の上小カボチャ植え付け