トップページ

プロフィール

小林じゅうたろうの考え

小林じゅうたろうの考え

トピックス

男の子育て

連絡先
小林じゅうたろう後援会
〒384-0031
長野県小諸市大手1-6-13
小林金吾商店内
FAX 0267-22-0132
TEL 090-3473-8387
 info@jutaro.jp

    ■おとこの子育て

1,突然きましたシングルファーザー

 女房が病気(脳腫瘍とその後遺症)で入院。治る見込みなしの診断で、彼女を栃木県の実家の人々に託し、長男(当時小2)長女(幼稚園年少)を連れて小諸へ引きあげてきたのは平成14年10月。 小林重太郎という不器用な男に突然訪れた“シングルファーザー生活”の始まりです。

2,繰り返す転校、子どもはだいじょうぶ?

 その頃前後して女房の実家の建設会社が倒産。父親は割腹自殺し、兄が行方不明に・・・。この荒波の中、私の判断の甘さもあり、平成14年は子どもたちを1年間で4回転校させることとなってしまいました。2人はまだ小さかったこともあり、各校、園ではすぐに友達ができ溶け込めたようです。でも心理の深いところは・・・。

3,学校に行ける!

 女房の実家の倒産、病気と続いた当時、子どもたちは1ヶ月単位でそれも何度も学校へ行けない状況がありました。(債権者の目がある、介護のためなど)目の前に友達が通っていく姿が見えていても自分の子どもは学校へ送り出せない・・・とてもつらい気持ちでした。
 女房入院後小諸へ戻ったとき、子どもたちが「学校へ行って帰ってくる」毎日のこんなあたり前のことが“偉大なことを成しえた″と感じたものです。今でもこの気持ちは忘れていません。

4,ごまかし弁当

 当時長女のオムツはまだとれていませんでしたが、これはどうにでもなる。洗濯はスイッチを入れればよく、そうじも細かいことを気にしなければ楽々・・・。一番こまったのは幼稚園の弁当。ダメ男の常套手段として、コンビニ弁当の詰め替えでごまかしました。
 その後子どもの成長にとって“これではいかん”と一念発起し、「小諸クッキングスクール」(六供)へ通い、今では料理技術中級の腕前!?ただしあいかわらず長女から“とうちゃんは同じものしか作らない”と言われています。

5,執念を燃やした医者通い

 長男も長女も基本的には体は丈夫です。ただ2人とも扁桃腺が大きいのでノドを痛めやすい等があり、特に長男は“滲出性中耳炎”でした。(これは緊急性はありませんが毎日のように耳鼻科の治療を受けることにより治るものです。)私は平成15年春から毎日のように「由井耳鼻科」へ連れて行き、1年余りで治しました。
 この間長女もふくめ小児科や眼科などにも行く機会は多く、1年間で病院へ行った回数はおそらく200回を超えたでしょう。当時は谷地原のアパートにいたため運転免許のないおばあさんに頼むこともできず、200回超、すべて私が連れて行きました。

6,おかあさんたちの中で小さくなって・・・

 子どもたちに母親がいないというみじめな思いをさせたくない。そんな想いから小学校(美南ガ丘→坂の上)、幼稚園(みすず)の参観日などには無理をしてでも必ず出かけていきました。
 平日の参観日となるといつもクラスでお母さん30人ぐらい、お父さんは私一人・・・。端の方で小さくなってバツのわるそうな顔をしている・・・。でもこの経験を続けていくうちに逆に“快感”に変わったような気がします(?)・・・

7,お母さんネットワークに入れない

 おかあさんたちのネットワークには私のような女性が苦手のお父さんはとてもとても入れません。お母さんネットワークを通じて子ども同士も仲良くなれるし情報も入ってくる。ネットワークに入れないお父さんにはやはり疎外感・不安感はあります。
 その点では坂の上小の「おやじの会」のようなグループはとてもありがたい存在です。

8,おこらなくなった!

坂の上小運動会  シングルファーザーとなった当時は、例えば子どもがお茶をこぼしたぐらいでも“迷惑だ”とばかりに子どもたちをどなりつけていました。
 ある時ふっと、いつのまにか子どもをおこらなくなっている自分に気づきました。それだけ余裕が出てきたのでしょう。

9,“くさい!” くやし〜い!

 長男が小5の時、担任の先生から“○○君は同級生の女子からくさいといわれている”と注意を受けました。(先生はもちろん善意で心配して伝えてくれたのです。)“母親がいないから”といった目で他の人から見られないように、長女は小さいけれど女の子だから下着はもちろん服も必ず毎日とりかえるように意識していました。でも長男は男なので油断していたのです。ものすごくくやし〜い想いでした。

10,佐川急便稼ぎはいいが・・・

佐川急便  長男の滲出性中耳炎が治った平成15年頃、私は佐川急便(上田店)で宅配ドライバーをしていました。担当は(旧)真田町〜菅平、辺地のため単価はいいのですが、雪など降ると地蔵峠方面などは“遭難”しそうになります。でも佐川は厳しく土砂崩れがあろうともその日に配達しなければなりません。
 朝6時半に出て、帰りはよる10時頃・・・。この時期ばかりは子どもたちの夕めしはおばあさんに頼みました。夜帰ると子どもたちは寝ている。触れ合う時間は極端に減りました。“母親がいなくなった時よりも、むしろ子どもたちの精神に与える影響が大きいみたいだ”そう感じた私は、稼ぎの良い佐川急便をやめざるをえませんでした。

11,母親がわりができるのは父親のみ

 何年かシングルファーザーを続けていて気づいたことがあります。それは『母親がわりができるのは父親のみ』ということです。もちろん、おばあさんおじいさんにも一杯面倒は見てもらっています。でも、精神面まで考慮に入れると、母親がわりが本当にできるのは父親のみなのです。

12,座右の銘

選挙事務所にて  ある女性教育評論家の言葉“子どもは、たとえ一人でも愛情のある人がいればだいじょうぶ、健全に育つ!”。
 シングルファーザーになってからまもなく、テレビか何かで聞いたこの言葉がその後ずっと、私の子育ての座右の銘となっています。私自身武骨な男です。子どもたちのしつけなどろくにできていません。でも、子どもたちは皆のお役にたてるようなそんな価値観を持った人間に育って欲しい。ただそれだけです。

追記

 上記の文章を書いてから2年半がたちました。このページの更新を怠っていました。すみません。
 この間、長男は北佐久農業高校に入学。野球部に入りました。北農の野球部は、13人。息子は中学でバレーボール部だったので野球はへたなのですが、春の東信大会ではベンチに入れてとても喜んでいます。部員が百人近くもいる私立の高校とちがい、雄大な浅間山をバックに、少人数で練習をしている北農野球部の雰囲気はとても好きです。
 長女は小学校6年生です。(私は今年、坂の上小学校のPTA会長をさせていただいています。)長女も、六供のソフトボールチームに入れていただいて4年目。こちらも十数人のアットホームなチームです。今年は初めて内野を守ります。
 ところで、長女も友達も女っぽくなって、お父さんとしては対応が大変に・・・・・
まだまだ子育て、がんばります!

         平成22年 7月 記